2019年11月06日

三笠の歴史 Part1

あまり弊社のスタッフも知らないので、なぜ靴下の三笠という会社を設立したのか?という事を書いてみます。

私の母親が、靴下の街で有名な奈良県の広陵町の疋相という所の靴下工場の末っ子として生まれ育ちました。

母は、地元の高田高校を卒業した後に上京して、父と結婚し実家の靴下工場からの融資を得て横浜(現在の私の自宅)にて

靴下の卸売を開始しました。

それがなんと私の生まれた昭和37年なんです。

父は、東京で政治家付の運転手をしていたので、運転が得意で車も持っていたらしく、当時奈良で靴下を買って車に積んで帰る

と飛ぶ様に売れたと聞いていました。

お陰様で、私は小学校の頃は、大変裕福な家庭で、なに不自由なく育ってしまいました。

一気に書くと長くなるので・・・

せっかくブログサイトも弊社のホームページになったので、私の記憶のある三笠の歴史をまた書きたいと思います。

つづく、、、

三笠の歴史 Part1

明日から中国出張に行ってきます。

中国国際輸入博覧会以外に急遽、工場2件へも行く事になったので予定はびっしりです。

中国就労ビザの更新も近づいているので、最近はあまり中国にいる時間が少ないので、手続きの予約を上手く行って

年内に完了しなくてはなりません。

上海スタッフと相談して期限内に必ず完了させなくてはなりません。

わざわざビザ更新の為に行かなければならないなんて事がない様にしないと、、、

でも、最近は、中国人の日本行きビザの更新は緩和されているのに、日本人の中国就労ビザは本当に大変なんです。

点数制になっていて、ある基準に満たないと更新は許されません。

その基準に対して自己採点をしましたが、全然基準点数を満たしていませんでしたが、一応私は ABCと3ランクの

中のBランクになっています。

その内容の記事を見たい方は→ここをクリック!

おそらく、私の場合は中国に出資している会社のオーナーなので、更新がすんなりと出来るのだと思います。

なごり惜しいので、ドリームゲートさんにもまだ継続して記事を書いています。

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三笠の歴史 Part1



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Posted by 上海 MIKASA at 18:29│Comments(2)横浜
この記事へのコメント
次回チャンスがあれば、友人の工場も見に行って欲しいですが、岡本、原田、助野などがよくこの工場で作ってます。今ナイガイも接触してるそうで、年間80%の生産量は日本オーダーで、工場としてなかなかいいところだと思います。
Posted by 叶 at 2019年11月07日 02:34
工場名と住所・担当者名と編機のリストを送って下さい。
担当スタッフに行く様に伝えます。
Posted by 上海 MIKASA上海 MIKASA at 2019年11月07日 09:23
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