2019年11月18日

三笠の歴史 Part6

メインのお取引先のユーコープ様はバブル崩壊の時期に、大型店の出店が続いてバブルが崩壊した後でも弊社の売上げは順調だったのですが、、、

暫く年月が経過してから、衣料・雑貨の売り場を縮小して専門店等に変更する改装が始まってしまいました。

その影響で、1990年代後半になると売り上げが急激に減ってこのままでは潰れてしまうほど厳しい状況になり販売先を増やさなくては生き残れない!

とはいえそう簡単に新規の取引先を増やす事は難しい、、、さてどうしよう???

今までのユーコープさんの実績を持って、全国の生協さんへ商談に行き始めたのですが、中々簡単にはいきませんでした。

そんな中、商談に行ったある生協のバイヤーさんが、「みんなどこの業者も3足1,000円とか同じ様な靴下ばっかりでつまらない100円均一の時代だから

1足100円くらいのインパクトある靴下持ってこいそうしたら取引きしてやる」と課題を与えられました。

この時期は、安い靴下は韓国製の方が圧倒的に多い時代で、靴下の輸入商社さんは、更に安い靴下を求めて中国へシフトを始めていた時期でした。

これは、商社もどこも使わないで、中国の工場と直接取引するしか無い!2000年に中国へ行って工場と直接商談し、写真の様な10足980円で販売できる

商品の開発に成功!

この商品が爆発的に売れてたんです。

たまたま最初に取引した中国靴下工場の女性社長が、独立したばかりで前職が、大手の靴下工場で品質管理を担当していた事もあり商品の評判も良く

この工場で作る新規商品は、次々に売れて全国の生協さんの取引口座を頂く事ができました。

つづく、、、



今年で、5年連続出場になるホノルルマラソンが、近づいているので、週末は2日連続ハーフマラソンを走りました。

あまりやり過ぎると、アキレス腱や膝にも影響がでるといけないので、ほどほどにしないといけないとは思うのですが、調節が出来ないんです。

明後日から奈良へ行き、来週は中国の予定なので、あっという間にホノルルマラソンの本番になりそうなので焦っています。

  

Posted by 上海 MIKASA at 15:17Comments(0)横浜