2012年02月16日

重慶副市長失脚問題



写真上が今回失脚してしまった王立軍(重慶副市長)で、中国では今大変な話題になっています。

王立軍は元公安局局長で、黒社会撲滅運動で成果を認められ重慶副市長に任命された人です。

日本人のイメージだと重慶市の副市長なんてそんな大した人ではない?と思うでしょうが・・・

イメージ的には、分かり易く言えば日本の大阪市長の橋下さんのようなイメージだと思います。

それが今回突然微博(中国政府公認のミニブログ)上で、「王立軍副書記は、長期にわたる重労働により、

精神が高度の緊張状態に陥って体調に異常をきたしたため、同意を得て休暇式治療を受け入れた」と

発表したのですが、海外メディアでは王立軍・副市長が四川省成都の米総領事館と接触し亡命しようと

したとの報道されて大変な話題に!

下記のような憶測が飛び交っています。

●王立軍は汚職容疑で中央規律委員会の取り調べを受けた
●その場で、薄熙来に切られたと感じた王立軍は薄熙来夫妻の過去の不正を暴露した
●王立軍は成都の米国総領事館に政治亡命しようとしたが、直前に拘束された
●いや、米領事館側が中国側の圧力に屈して王立軍を中国公安に引き渡した
●いやいや、王立軍は領事館から保護を拒否された後、北京に護送された

写真が下の人物が2010年に死刑が執行された文強(重慶司法局長)

今回の王立軍さん失脚ニュースが理解し易くなります。(2010年7月の記事です)

巨大黒社会(マフィア)を公安司法が保護していたことが明らかになり、政府の総力を挙げて黒社会
撲滅活動を展開している重慶市では、7月7日重慶黒社会の最大の傘と呼ばれた元司法局長文強
の死刑が執行された。
文強の犯した罪と死刑執行までの4日間を各紙が伝えている。
文強は1996年から2009年まで重慶市公安局副局長、重慶市司法局局長の立場を利用し、重慶市
の巨大黒社会から多額の賄賂を受け取り黒社会の非合法活動に便宜を図っていた。
受け取っていた賄賂は妻と合わせて1211万元(約1億5700万円)、他に1044万元(約1億3500万円)
の出所不明金がある。
2003年から2007年にかけては収賄のほかに、自身も黒社会幹部と共に犯罪行為に加担していた。
2007年8月には婦女暴行事件も起こしている。
2009年9月26日逮捕され、2010年4月に重慶市中院で収賄、反社会組織犯罪、強姦など複数の罪に
より一審死刑判決、5月の二審でも死刑判決が下された後、文強は拘置所で最高裁の判断を待っていた。
2010年7月4日、文強は拘置所で警官と前日のサッカーワールドカップのドイツ対アルゼンチン戦について
語り合い、中央電視台のサッカー特別番組を見て興奮し、夜11時ころにようやく寝た。
5日午前、重慶市共産党の3人の委員が面会に来て、文強の党除籍処分と公職免職処分を告げた。
文強は目に涙を浮かべていた。
6日は少しふさぎこんでいたが午後3時45分から4時半まで重慶市公安局局長王立軍と面会した後は情緒
が安定したようだった。夕食に蒸し卵3個と梨を食べ、7日の明け方までワールドカップのオランダ対ウクライナ
の試合をテレビ観戦した。
7日午前5時10分、文強は監守に突然起こされた。ぼんやりしたままゆっくりと洗顔と身支度を済ませると部屋
にインタビューの許可を受けた記者が入ってきた。
「あなたが今一番会いたい人は誰ですか?」
記者が優しく問いかけると、文強は激しく動揺した。
「私はまだ何も準備していない。そんな質問には簡単に答えられない。今から裁判所に出廷する支度をしているところだ」
午前6時24分、文強は拘置所を出て6時55分に重慶市第五中級人民法院に到着した。
午前7時15分開廷、最高人民法院は文強の死刑を批准し即刻死刑執行すると言い渡した。
午前7時40分、文強は姉の文万琴と息子の文迦昊と最後の面会をした。
文強は息子に穏やかに語りかけた。
「早く結婚して子供を持ちなさい。お母さんを頼むね。お父さんは罪を犯したのだから社会を怨んではいけないよ。
人の話をよく聞いて、人に善くしなさい」
28歳の息子は面会室で言葉にならず泣き崩れた。
午前8時30分、文強を乗せた車は12両の車列を組んで法院を出発し、9時過ぎに歌楽山の刑場に到着し、文強を
乗せた1台だけが刑場の3メートルの塀の中へ入って行き、他の車は外で待機した。間もなく各車両は刑場を離れた。
その時すでに薬物注射により文強の死刑が執行されていた。
文強の死刑執行当日、重慶市民は「文強死 百姓歓 重慶安」「処決文強 共産党万歳 法律万歳」などと書かれ
たたくさんの垂れ幕を市内のビルに掲げ、爆竹を鳴らして祝った。
重慶市では黒社会とのつながりがある幹部や関係者がすでに1500人逮捕され他にも死刑判決が出ている。
また今年に入り、6000人の警察官がすべて配置転換されるなど黒社会との断絶のために総力をあげている。
実は文強より巨額の収賄罪でも死刑にならない例もあり、文強もそのことを知っていて自分も最高裁の判断で死刑
を免れるはずだと楽観していたといい、7日の朝の死刑執行宣告は文強にとっては突然のことだったようだ。小太り
の父親と瓜二つの28歳の息子も贅沢に暮らしていたはずだ。父の死刑に何を思うだろう。

ここ数日中国人の話題なので、一生懸命説明して貰ったのですが、話の繋がりが分からなかったのでちょっと

自分で勉強してみました。

なんだかノンフィクション映画を作るとお面白そうな内容ですね。

  

Posted by 上海 MIKASA at 12:04Comments(0)上海